朝、目を覚ますと、
もうすでに「理想の母親」のスイッチが入っていた。
寝起きのいい子どもたちに笑顔で挨拶して、
栄養バランスの取れた朝食を用意して、
洗濯物をサッと畳んで。
まるで完璧な脚本があるかのように、
毎日その役を演じていた。
でも、心の奥では、ずっと疑問符が浮かんでいた。
「これ、本当に私なのかな?」
「いつまで、この役を演じ続ければいいんだろう」
終わらない「良い母親」のオーディション
世の中には、たくさんの「良い母親像」がある。
いつも笑顔で、怒らない。
手作りの美味しい料理を毎日作って、
家はいつもピカピカに片付いている。
SNSを開けば、そんな「理想の母親」が溢れていて、
まるで自分だけが、そのオーディションに落ち続けているような気がした。
「もっと頑張らなきゃ」
「もっとちゃんとしなきゃ」
そう思うたびに、
本当の自分がどんどん見えなくなっていった。
演じ続けるほど、疲弊していく心
無理に笑顔を作って、
疲れているのに完璧を目指して。
演じれば演じるほど、心はすり減っていった。
子どもが少しでも期待と違う行動をすると、
「私がちゃんと教えていないからだ」と自分を責める。
できないことがあると、「良い母親失格」の烙印を押す。
そんな日々は、
誰かのために生きているようで、
一番大切な「私」を置き去りにしていた。
舞台を降りて、等身大の自分に戻る
ある日、ふと気づいた。
この「良い母親」という舞台、降りてもいいんじゃないかって。
完璧な母親の役を降りてみたら、
肩の力がすーっと抜けていくのを感じた。
手抜きのご飯でも、子どもは「美味しい」と笑ってくれる。
散らかった部屋でも、家族は一緒に過ごしてくれる。
「私は私でいいんだ」
等身大の自分を受け入れたとき、
心からホッとすることができた。
あなたは、あなたのままで十分「良い母親」
誰かの理想を演じる必要なんてない。
完璧じゃなくても、あなたは十分、素敵な母親。
今日の私は、
失敗しても、笑って許せる自分でいたい。
頑張りすぎなくていい自分を、
そっと抱きしめてあげたい。
演じるのをやめたら、
もっと楽に、もっと楽しく子育てができるかもしれない。
お疲れ様、私。
今日は、舞台の幕を下ろそう。

