なんでこんなに余裕がなかったんだろう
子育てがしんどかった日は、あとから振り返るとだいたい同じだった。
一人でやっていた日。
物理的に一人だった日もあるし、
誰かはいたけど、実質一人だった日もある。
全部を自分で判断して、
全部を自分で回していた日だった。
人間は、もともと一人で子育てする前提じゃない
最近よく思う。
人間って、もともと群れで生きてきた。
子どもを育てるのも、何人かで分担する前提だったんじゃないか。
誰かが見て、
誰かが抱いて、
誰かが火を起こして。
今みたいに、一人が全部を抱える形じゃなかったはず。
一人でやる前提だと、しんどくなるのは自然だった
そう考えると、
一人で子育てをしてしんどくなるのは、弱いからじゃない。
前提が違うだけだった。
本来は分散されるはずだった負担を、
一人で引き受けている状態。
それが続けば、余裕がなくなるのも当たり前だった。
判断を全部持つと、気力が削られていく
ごはん、洗濯、声かけ、次の予定。
ひとつひとつは小さい判断でも、全部自分で決めていると疲れる。
・今これをやるか
・後に回すか
・今日はもういいか
誰にも投げられない状態だと、判断だけが積み重なる。
子育てがしんどいというより、
ずっと判断を握っていた感じに近かった。
しんどさは、能力の問題じゃなかった
あの頃のしんどさは、
私のキャパが小さかったわけじゃない。
一人でやる前提で、
一人で回し続けていた状態が長く続いていただけだった。
そう思えたら、
少しだけ自分を責めずに済んだ。


