「ママ、こっち来て」
「ママ、これ見て」
「ママじゃなきゃ嫌だ!」
一日の中で、一体何度「ママ」と呼ばれているだろう。
朝起きてから、眠りにつくまで。
もしかしたら、夢の中でさえ呼ばれているかもしれない。
本当は、こんなに必要とされるのは幸せなこと。
いつかは「ママ」なんて呼ばなくなる日が来ることも、分かっている。
なのに、ふとした瞬間に
「お願い、一瞬だけでいいから一人にして」
と、心の中で叫んでしまう。
そのたびに、「なんて贅沢な悩みだろう」と、
自分を責めてしまう私がいた。
愛情の重さに、息が詰まる瞬間
一日中、家で子どもと向き合っていても。
仕事から疲れて帰ってきて、すぐにお迎えに行っても。
私たちに共通しているのは、「一人の人間としての境界線」が、
常に誰かに踏み越えられている、という感覚。
トイレの中までついてこられたり、
温かいコーヒーを飲む隙さえなかったり。
それは「愛情」という名の、あまりにも重くて、
あまりにも逃げ場のない、幸せな束縛。
優しいお母さんでいたいのに、
何度も繰り返される「ママがいい」に、
つい冷たい反応をしてしまうのは、
あなたが冷たい人間だからじゃない。
ただ、あなたの心のキャパシティが、
溢れそうになっているだけ。
「ママ」である前に、一人の人間だから
子どもにとって、お母さんは世界のすべて。
でも、お母さんにとって、世界は子どもだけじゃない。
自分の人生があって、考えたいことがあって、
ただ静かに呼吸したい時間がある。
それは、お母さんになったからといって
捨て去らなきゃいけない感情じゃない。
「ママがいい」と言われるのは、
あなたがそれだけ、子どもに安心を配り続けてきた証。
あなたはもう、十分にその役目を果たしている。
5分間の「ママ休業」を自分に許す
もし、子どもからの「好き」が重く感じてしまったら。
それは「ちょっと休憩して」という、自分からのサイン。
パパに任せられるなら、任せていい。
動画や便利なおもちゃに頼ってもいい。
「今は、ママお休み中なんだ」
そう口に出すことで、少しだけ自分を取り戻せる。
お母さんが自分を大切にすることは、
回り回って、子どもを大切にすることに繋がっていくから。
今日も、全力で応えきったあなたへ
夜、ようやく訪れた静寂の中で、
すやすやと眠る子どもの顔を見る。
あんなに「重い」と思っていた「ママ」という言葉が、
今は少しだけ、切なく、愛おしく感じられる。
今日もお疲れ様、私。
自分を削ってまで応えようとしたあなたは、
本当に、頑張った。
明日は今日よりも少しだけ、
自分のための呼吸が、深く吸い込めますように。

