テレビが長い日は、なぜか気になってしまう
その日は、特別なことがあったわけじゃない。
ただ、
テレビをつけている時間が、
いつもより少し長かった。
それだけなのに、
頭のどこかでずっと引っかかっていた。
正解がわからないまま、比べ始めてしまう
他の家はどうしているんだろう。
みんな、どれくらい見せているんだろう。
聞くわけでもなく、
調べるわけでもなく、
勝手に想像してしまう。
「あの家はもっとちゃんとしてそう」
「うちは長すぎるのかも」
そんなことを、
一人で考えていた。
目安はあるけど、現実はバラバラだった
あとから知ったけど、
テレビ時間には目安の数字があるらしい。
でも、
それをそのまま守れている家は、
そんなに多くない。
仕事がある日。
余裕がない日。
体力が残っていない日。
条件が違えば、
テレビの役割も変わる。
「みんな同じくらい」は、存在しなかった
長く見せている家もあれば、
ほとんど見せない家もある。
平日は短くて、
休日は長い家もある。
「これくらいが普通」
というラインは、
思っていたより曖昧だった。
気になっていたのは、時間そのものじゃなかった
今思うと、
気にしていたのは時間の長さじゃない。
「これでいいのかな」
「ちゃんとできてるのかな」
その不安が、
テレビ時間にくっついていただけだった。
正解を知らなくても、今日が回っていればよかった
答えは、結局出なかった。
でも、
その日も一日はちゃんと終わった。
子どもは寝て、
家は静かになって、
私は座ることができた。
それだけで、
十分だったのかもしれない。

