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「誰のおかげ」という言葉に、勝手に怯えていた私

子育ての悩み

直接言われたわけじゃない。
「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ」なんて、
そんなドラマみたいなセリフ、一度も聞いたことはない。

なのに、なぜかいつも
心のどこかでその言葉を突きつけられているような、
そんな気がしてならなかった。

専業主婦として家を守っていた時も。
仕事を再開して、家事と両立している今も。

自分のためにお金を使うとき、
家事を少し手抜きするとき、
「私、こんなことしてていいのかな」
と、誰かに許可を求めるような気持ちになってしまう。

自分で自分を、一番厳しく縛り付けていた。


自分の価値を「数字」で計らなくていい

外で稼いでくる金額。こなした家事の数。
私たちはつい、目に見える数字で自分の価値を計ろうとしてしまう。

「今日はこれしかできなかった」
「私の収入はこれっぽっちだから」

そう思うたびに、家族に対して勝手に「負い目」を感じて、
どこか一歩引いて、顔色を伺ってしまう。

でも、家庭というチームにおいて、
役割に上下なんてないはず。
誰かが外で戦えるのは、誰かが家を守っているから。
誰かが安心して眠れるのは、誰かがその場所を整えているから。


被害妄想の正体は、自分への自信のなさ

「誰のおかげで……」と言われている気がするのは、
夫や周りのせいじゃなく、
私自身が、自分の頑張りを認めてあげられていないからだった。

周りはたぶん、そんなこと一ミリも思っていない。
むしろ、「いつも助かっているよ」と思ってくれているかもしれない。

それなのに、勝手に自分を「下」に置いて、
一人でビクビクして、心の自由を奪っていた。


胸を張って「ありがとう」と言えるように

「ごめんなさい」と言いながら生活するのを、もうやめたい。

家族のために力を尽くしてくれるパートナーに、
心からの「ありがとう」を。
そして、どんな立場であっても、
今日一日を必死に回した自分にも、
「お疲れ様、ありがとう」を。

私たちは、誰かに養われている存在じゃない。
共に人生を歩む、対等なパートナー。
もっと堂々と、今の自分を認めてもいいんだ。


今日もお疲れ様、私。

数字にはならないけれど、
あなたが今日注いだ愛情も、時間も、労力も。
すべてが、家族の幸せの土台になっている。

明日はもう少し、胸を張って笑えますように。