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ズボラでも回ったのは「ちゃんとやる家事」をやめたから

ズボラ育児

子育てをしながら、
家のこともそれなりに回そうとしていた頃。

毎日どこかで、
「ちゃんとできていない」という感覚があった。

家事は全部、同じ重さだと思っていた

掃除も
洗濯も
料理も

どれも手を抜いちゃいけない気がして、
全部を同じ熱量でやろうとしていた。

当然、
すぐに限界が来た。

回らなかった理由は、時間じゃなかった

時間が足りないから
要領が悪いから

そう思っていたけど、
本当の原因は別にあった。

「全部ちゃんとやろうとしていたこと」。

「やらなくても困らない家事」を切った

あるとき、
家事を見直してみた。

・毎日じゃなくていい掃除
・後回しでも問題ない片付け
・完璧じゃなくていいごはん

やらなくても生活が破綻しないものを、
一つずつ外していった。

洗濯物は、溜めても畳まなくてもいい

洗濯物は、毎日回さなくてもいいことにした。
畳まなくても、しまわなくても、別に困らなかった。

乾いたらカゴに入れて、
そこから取って着る。

最初は、
「だらしないかな」
「ちゃんとしてないかな」
と思った。

でも、誰も困っていなかった。

きれいに畳まれていることより、
着たいときに服があることの方が大事だった。

残したのは、最低限だけ

最終的に残ったのは、
本当に必要なことだけだった。

・洗濯は回す
・食べるものは用意する
・危険がない状態にする

それだけ。

それ以外は、
できたらやる、できなくても気にしない。

「ちゃんと」をやめたら、家が回り始めた

不思議だけど、
家事を減らしたら
毎日が少し回るようになった。

やることが少ないから、
途中で投げ出さなくなった。

中途半端でも、
ゼロよりマシ。

ズボラは、手抜きじゃなかった

ズボラ=怠け、だと思っていた。

でも今は、
続けるための選択だったと思っている。

頑張り続けられないなら、
頑張らなくても回る形にする。

それだけ。

回すために必要だったのは、気合じゃない

気合でも
根性でも
完璧さでもなかった。

「やらなくていいことを決めること」。

もし今、
家事がしんどくて回らないなら、
足りないのは努力じゃない。

減らしていいものが、
まだ残っているだけかもしれない。