子どもにきつく当たってしまったあと、
自己嫌悪と一緒に「ちゃんと謝らなきゃ」が始まっていた。
落ち着いてから説明して、
なぜ怒ったのかを話して、
次はこうしてほしいと伝える。
それが正しい謝り方だと思っていた。
謝っているはずなのに、疲れが増えていた
怒ってしまったあとは、
もう体力も気力も残っていない。
それなのに、
・さっきはごめんね
・でもね、あれは危なかったから
・だから次はこうしようね
と、説明を重ねてしまう。
謝っているはずなのに、
気持ちは全然軽くならなかった。
説教と謝罪が、セットになっていた
気づいたら、
謝りながらもう一度注意していた。
わかってほしい
納得してほしい
そんな気持ちが、
謝罪の中に混ざっていた。
それに気づいたとき、
これは謝り方じゃなくて、
反省会の延長だと思った。
ある日、説明を全部やめてみた
余裕がなかった日、
考えること自体がしんどくて、
「さっきは怒りすぎてごめん」
それだけ言って終わらせた。
理由も説明も、
次どうするかの話もしなかった。
空気が、すっと軽くなった
拍子抜けするくらい、
子どもは「うん」と言って、
すぐ別のことを始めた。
その様子を見て、
謝るって、これでよかったのかもしれないと思った。
謝ることと、教えることは別だった
ちゃんと謝ろうとするほど、
ちゃんと説明しようとしていた。
でも、
謝ることと教えることは、
同時じゃなくてよかった。
余裕がない日にまで、
全部やろうとしなくていい。
今は、謝り方を使い分けている
余裕がある日は、
ちゃんと話すこともある。
でも、
疲れている日は「ごめん」だけで終わらせる。
そう決めてから、
怒ってしまったあとの夜が、
少しだけ楽になった。


