今思うと、
うまく考えられなかった日には共通点があった。
忙しかったとか
疲れていたとか
それもあるけれど、
一番大きかったのは、
一人で全部を回していた日だった。
手は動いているのに、頭がついてこなかった
やることは分かっている。
体も動いている。
でも、
考える余裕だけがなかった。
何を優先するか
どこで手を抜くか
そういう判断が、
全部雑になっていた。
正解を考える余裕がなかった
余裕がないと、
「どうするか」より
「早く終わらせるか」になる。
人の話を聞いても
参考にする前に、
疲れてしまう。
そんな日に、比べる話は重たかった
誰かのやり方
うまくいっている話
普段なら流せることも、
その日は重たく感じた。
「もっとやった方がいいのかも」
そんな考えだけが残った。
判断が荒れていたのは、気持ちの問題じゃなかった
後から振り返ると、
判断が荒れていたのは
性格のせいじゃなかった。
余裕がない状態で、
判断し続けていただけだった。
一人で回している日は、基準が下がっていい
今は、
そう思うようにしている。
丁寧な判断は、
余裕がある日にやればいい。
一人で全部回している日は、
最低限で十分。
判断が戻る日は、ちゃんと来る
荒れた判断は、
ずっと続くわけじゃない。
余裕が戻れば、
基準も自然に戻る。
だから、
荒れている自分を見ても、
あまり気にしないようにしている。


