夕方を楽にしたかっただけだった
夕方がしんどかった。
子どもが悪いわけでも、
自分がダメなわけでもなくて、
ただ負荷が集中しすぎていた。
だから私は、
夕方を完璧にしようとするのをやめて、
「少し楽にする」ことだけを考えた。
何かを頑張るより、助けを置く方が合っていた
工夫や気合いで乗り切ろうとしていた頃は、
ずっと疲れていた。
でも、
自分が頑張らなくても回る形を
先に置いてみたら、
夕方の空気が変わった。
夕方を助けてくれたのは、特別なものじゃなかった
使ったのは、
生活を一気に変えるようなものじゃない。
ただ、
・考えなくていい
・迷わなくていい
・判断を減らせる
そういう選択肢だった。
「楽をする=怠ける」じゃなかった
前は、
頼ることや便利なものを使うことに、
どこか抵抗があった。
でも実際は、
楽をした分、
余裕が残った。
その余裕があるだけで、
夕方を無事に終えられる日が増えた。
私が「使ってもいい」と思えたもの
夕方を楽にするために、
選択肢として置いてよかったと思えたもの。
・考えなくていい食事
・手順を減らせる家事
・その時間だけ助けてくれるサービス
どれも、
毎日使う必要はなかった。
「今日は無理」という日に、
使える場所があるだけでよかった。
夕方は、頑張る時間じゃなかった
夕方は、
踏ん張る時間じゃない。
一日を終わらせるための時間。
だから、
楽をしていいし、
助けを使っていい。
そう思えるようになってから、
夕方を怖がらなくなった。

